関ジャニ抜けたメンバーの脱退順と現在!渋谷・錦戸・内の真相
2004年のCDデビューから20年以上の歳月を経て、現在は「SUPER EIGHT」として大型スタジアムツアーやロックフェスで圧倒的な存在感を放つ彼ら。しかし、その輝かしい軌跡の裏には、グループの根幹を揺るがす幾度もの別れと、ファンを揺るがした激動のドラマが存在しました。かつて関西ジャニーズJr.の精鋭として8人で産声をあげたグループから、誰が、いつ、どのような理由で去っていったのか、その真相を知りたいという声は後を絶ちません。
現在5人体制で活動を続ける彼らですが、過去にグループを離れた内博貴、渋谷すばる、錦戸亮の3人は、それぞれ全く異なる背景と覚悟を持って決断を下しました。本稿では、当時の記者会見での肉声や関係者の証言、報道資料を徹底的に再検証。3人の正確な脱退順や決定的な離脱理由、そして2026年現在における驚きの活躍ぶりまで、メディアの第一線で取材を続けてきたジャーナリストの視点から立体的に解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 脱退順と背景:2006年末の内博貴(実質離脱は2005年)、2018年の渋谷すばる、2019年の錦戸亮という順で3名がグループを離脱。
- 離脱の決定打:内は未成年時の不祥事、渋谷は音楽表現の海外追求、錦戸はグループの将来像模索と自身の表現者としての自立が要因。
- 2026年現在の動向:SUPER EIGHTが強固な結束で前進する一方、脱退組3人も舞台俳優・実力派ソロアーティストとして独自の確固たる地位を確立。
【脱退順一覧】関ジャニ初期メンバー8人から5人体制までの激動の変遷
関西発のグループとして2002年に結成された当時のグループ名は「関ジャニ8」でした。関西テレビの番組企画をきっかけに集められた関ジャニ初期メンバーは、横山裕、渋谷すばる、村上信五、丸山隆平、安田章大、錦戸亮、大倉忠義、内博貴の8人。地元大阪の松竹座で泥臭い舞台を重ね、2004年に「浪花いろは節」で全国デビューを果たした関ジャニ8人時代は、歌謡曲とロック、お笑いを融合させた唯一無二のエンターテインメント集団として熱狂的な支持を集めました。
しかし、その盤石に見えた体制は、時代のうねりとともに変化を余儀なくされます。グループの歴史を正しく理解するうえで不可欠な、脱退のタイムラインと基本データは以下の通りです。
| メンバー名 | 脱退時期・順序 | 公表された主な理由 | 2026年現在の主な活動フィールド |
|---|---|---|---|
| 内博貴 | 1人目(2006年末専任解除) | 2005年の未成年飲酒による活動自粛、復帰後のソロ活動転向 | 舞台俳優・ミュージカル中心(STARTO社所属) |
| 渋谷すばる | 2人目(2018年7月脱退) | 自身の音楽を深く追求するため、海外留学・独立を選択 | シンガーソングライター・ライブ活動(自主レーベル等) |
| 錦戸亮 | 3人目(2019年9月脱退) | グループの将来に対する考え方の相違、個人としての表現活動の追求 | シンガーソングライター・映像俳優(地上波・映画・配信) |
| SUPER EIGHT(現体制) | 5人(2019年10月~継続) | グループ存続を決断、2024年に「SUPER EIGHT」へ改名 | ドームツアー、大型フェス、冠番組、プロデュース業 |
このように、関ジャニ脱退順を整理すると、黎明期の衝撃的なアクシデントによってグループを離れた内博貴、メインボーカルとしてグループの魂を担っていた渋谷すばる、そして俳優・エースとして牽引していた錦戸亮という、グループの重要人物が3段階で巣立っていった事実が浮き彫りになります。

内博貴の脱退理由|2005年未成年飲酒騒動とソロ転向の経緯
8人体制に最初の亀裂が入ったのは、デビュー翌年の2005年7月でした。当時、関ジャニ∞とNEWSの双方を掛け持ちし、圧倒的なビジュアルと甘い歌声でトップクラスの人気を誇っていた内博貴が、フジテレビ関係者らとの会食の席で未成年飲酒トラブルを起こし、無期限活動自粛処分を受けたのです。
当時の報道各社の取材データによると、仙台での番組収録後の深夜、未成年であった内が酒席に同席し、酩酊状態で保護されたことが決定打となりました。この事態を受け、事務所は即座に無期限謹慎処分を決定。全国ツアーの真っ只中であった関ジャニ∞は、突如として7人でのステージ運営を強いられる事態に陥りました。
内博貴脱退理由の核心は、単なる活動自粛にとどまりませんでした。1年半にわたる謹慎期間中、内は芸能界引退も覚悟したと後に回顧録などで明かしています。2006年末に「研修生」として復帰への足がかりを掴み、2007年の少年隊主演舞台『PLAYZONE』で現場復帰を果たしたものの、世間への影響と本人のメンタル面、グループの再編スケジュールが考慮された結果、関ジャニ∞およびNEWSへの復帰は見送られ、正式な専任解除(脱退)となったのです。
グループを離れた内は、堂本光一主演のミュージカル『Endless SHOCK』で重要なライバル役を務めるなど、舞台演劇の道で徹底的に演技と歌唱を磨き直しました。現在もSTARTO ENTERTAINMENTに籍を置き、シェイクスピア作品から骨太なストレートプレイまでこなす実力派舞台俳優として、独自の信頼を築き上げています。
渋谷すばるの脱退理由とソロ活動|海外音楽留学と「歌」への純粋な執念
2018年4月15日、日曜日午前の帝国ホテル。黒のスーツに身を包んだメンバーたちが並ぶなか、渋谷すばる脱退理由を説明する記者会見が開かれました。骨折で入院中だった安田章大を除くメンバー全員が同席し、メインボーカルの退団を自分たちの言葉で伝えるという異例の場は、日本中に大きな衝撃を与えました。
会見の席で渋谷は、36歳という年齢を迎えた自身について「残りの人生を音楽で全うしたい」と吐露。自らの言葉で次のように語っています。
「ジャニーズ事務所という素晴らしい環境で35歳を過ぎたとき、この先も甘えていていいのか、自分の力だけでどこまで音楽を追求できるのかを試したかった。海外に拠点を置き、音楽を基礎から学び直したい」
アイドルとしての活動と、アーティストとしての本質的な探求心。グループが大規模化し、バラエティやドーム規模のエンタメを極めれば極めるほど、「自分自身の歌と音楽表現に向き合いたい」という欲求との乖離が生まれたことは、多くの音楽関係者が指摘するところです。メンバーの横山裕が会見中に目を潤ませながら「すばるのいない関ジャニなんて想像できなかった」と絞り出した言葉は、ファン全体の痛切な叫びでもありました。
2018年末に事務所を退所した後の渋谷すばるソロ活動は、極めてストイックなものでした。2019年に自主レーベル「World art」を立ち上げ、1stアルバム『二歳』をリリース。自ら作詞・作曲・編曲を手掛け、ブルースハープとギターをかき鳴らす泥臭く熱いロックサウンドを展開しました。2024年から2026年にかけては、大型ロックフェスへの出演やアジアツアーを成功させ、アイドルという枠組みを完全に脱ぎ去った「一人の孤高の表現者」として、音楽関係者から極めて高い評価を獲得しています。

錦戸亮の独立の真相と現在の活動|俳優・ソロアーティストとしての快進撃
渋谷すばるの脱退からわずか1年余り。十五周年記念の5大ドームツアー『十五祭』を駆け抜けた直後の2019年9月3日、錦戸亮のグループ脱退および月末の退所が公式発表されました。渋谷を失った直後の関ジャニ∞において、メインボーカルとギターの重責を背負い、俳優としても看板を張っていた錦戸の決断は、グループ存続の危機として囁かれました。
錦戸亮独立真相について、週刊誌等では様々な憶測が飛び交いました。しかし、脱退後のドキュメンタリーやインタビューで語られた本質は、「渋谷すばるという絶対的支柱が抜けたあとのグループの在り方」に対する徹底的な自問自答でした。錦戸は「すばる君が抜けた関ジャニ∞をどうしていくのか。誰かが抜けても続けるのか、一度立ち止まるべきなのか」をメンバーと徹底的に議論。その過程で、自身が思い描くエンターテインメントのテンポ感と、30代半ばを迎えた表現者としての自立心が限界点に達したことが独立の主因でした。
退所後の錦戸の動きは驚異的なスピードでした。退所翌日の2019年10月1日には自主レーベル「NOMAD RECORDS」を発足。1stアルバム『NOMAD』はオリコン週間アルバムランキングで初登場1位を記録しました。さらに赤西仁との共同プロジェクト「N/A」を立ち上げるなど、旧来の芸能界の常識を覆す自立運営を確立したのです。
気になる錦戸亮現在の活動は、音楽活動にとどまりません。独立当初は難航すると見られていたテレビドラマへの出演も実力でこじ開け、TBS系金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』でのゲスト出演を皮切りに、フジテレビ系木曜劇場『Re:リベンジ-欲望の果てに-』での主演級キャスト、さらには映画『コタツがない家』など、地上波・映画・配信ドラマで圧倒的な存在感を発揮。アーティストとして全国ホール・アリーナツアーを完売させつつ、名実ともに日本を代表するトップ俳優として2026年現在も第一線を走り続けています。
噂の真偽を徹底検証|関ジャニ不仲説の真相とSUPER EIGHT改名理由
メンバーの連続脱退に際し、常にネット掲示板やSNSで浮上したのが「関ジャニ不仲説」でした。特に渋谷と錦戸の脱退が続いた時期には、「ボーカル陣と他メンバーの間に決定的な亀裂があったのではないか」という憶測が独り歩きしました。しかし、長年の現場取材と事実関係を検証すると、関ジャニ不仲説真相はネットの風評とは真逆の様相を示しています。
もし不仲であったなら、渋谷の脱退会見にメンバー全員が同席し、涙を流しながら送り出すことはあり得ません。また、錦戸についても退所後のライブや取材で「横山くん」「村上くん」「大倉」といった元メンバーの名前をリスペクトを込めて口にしており、安田章大が自身の舞台で錦戸の楽曲について好意的に言及するなど、プライベートな信頼関係は断絶していません。確執ではなく、「大人としての表現の方向性の違い」と「自分の人生を生きるための誠実な対立」であったというのが、現場の記者たちの一致した見解です。
また、近年の動向で外せないのがSUPER EIGHT改名理由です。2024年2月4日、グループは長年親しまれた「関ジャニ∞」の看板を下ろし、「SUPER EIGHT」へと進化しました。
この改名は、旧ジャニーズ事務所の創業者性加害問題に伴う社名変更および関連グループの名称見直しの一環として行われました。ファンから公募したアイデアをもとに、メンバーが熟考を重ねて決定。「関ジャニ」の象徴であった「エイト(∞)」という魂を残しつつ、スーパー戦隊のように力強くパワーアップしていくという意志を込め、横山裕の発案をベースに「SUPER EIGHT」と名付けられました。過去の別れや逆境をすべて飲み込み、前に進み続ける覚悟が込められた名称変更だったのです。

【実態検証】ファンの生の声と現場目線で見えた「脱退後の関係性」
ネット上のコミュニティ(X、知恵袋、大手掲示板)では、脱退当初こそ「裏切りではないか」「見捨てられた気がする」といった混乱や悲しみの声が散見されました。しかし、2024年以降、元メンバーと現メンバーの間に見られる目覚ましい変化がファンの認識を大きく変えています。
象徴的だったのは、大型音楽フェスでのニアミスや、歌番組での間接的な共演、SNSでのさりげないエール交換です。2024年秋のフェスでは、渋谷すばるが出演したステージの別日にSUPER EIGHTが出演し、互いのファンがそれぞれのTシャツを着て応援し合う光景が現場で目撃されました。ファンコミュニティからは次のような生の声が上がっています。
「すばる君の突き抜けたシャウトを聴いた時、彼があの時グループを出てまでやりたかった音楽の意味がようやく理解できた」
「錦戸君が地上波ドラマで素晴らしい演技を見せてくれるたび、8人時代から応援してきた誇らしさが込み上げる」
「今のSUPER EIGHTの5人が見せる泥臭いバンド魂も、3人の脱退を乗り越えたからこそ生まれた唯一無二のグルーヴ」
現場のファンはもはや「抜けた側」と「残った側」を対立構造で捉えていません。それぞれの選んだ道でプロフェッショナルとして成果を出し続ける姿が、過去の傷を癒やし、美しい物語へと昇華させているのです。
【プロの結論】組織力学と自立の心理学|「誰を追うべきか」の判断基準
社会学および産業心理学の観点からこのグループの変遷を分析すると、関ジャニ∞の歴史は「強力な集団アイデンティティ(共同体)からの健全な個の分化(Individualization)」の極めて典型的なケースといえます。
昭和・平成のアイドルビジネスは、メンバーを運命共同体として縛り付ける「家族主義」に依存していました。しかし、タレントが30代・40代を迎え、一個人としてのキャリアやアイデンティティを確立しようとする際、組織の枠組みと個人の表現欲求の間に健全な「心理的バウンダリー(境界線)」を引くことは、クリエイターとして極めて自然なプロセスです。3人の離脱は組織の崩壊ではなく、それぞれが真のプロとして自立するための必然的なステップでした。
現在、コンテンツの多様化が進むなかで、どのようなスタンスで彼らを応援すべきか迷う読者に向けて、明確な判断基準を提示します。
【現在のSUPER EIGHTを追うべき人】
・泥臭い逆境を乗り越え、多幸感にあふれるスタジアム空間やドームの一体感を味わいたい人
・バラエティと本格ロックバンドの両輪で、大衆エンターテインメントの最高峰を楽しみたい人
・横山、村上、丸山、安田、大倉の5人が紡ぐ、不屈の絆の物語をリアルタイムで見届けたい人
【錦戸亮・渋谷すばる・内博貴の個別活動を追うべき人】
・渋谷のブルースやパンクのように、剥き出しの人間性と作家性の高い音楽をダイレクトに浴びたい人
・錦戸のハイセンスな楽曲構成や、映像作品で見せる陰影のある繊細な演技を深く堪能したい人
・内の舞台演劇における確かな身体表現やミュージカルでの圧倒的発声など、職人的な芸を観劇したい人
【すべてを追うことに疲れてしまう人へのアドバイス】
無理に全員を等しく追う必要はありません。「あの8人時代があったからこそ、現在の極上のエンタメが多方面に花開いている」という事実だけを受け止め、自分の琴線に触れる表現だけを選択して楽しむことが、健全なエンタメ鑑賞の極意です。
【関ジャニ抜けたメンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:関ジャニを抜けたメンバーの正式な脱退順はどうなっていますか?
A1:正式な脱退順は、1人目が内博貴(2005年7月に活動自粛、2006年末にグループ専任解除)、2人目が渋谷すばる(2018年7月に関ジャニ∞としての活動終了、同年12月退所)、3人目が錦戸亮(2019年9月3日発表、同月末退所)です。
Q2:脱退したメンバーと現在のSUPER EIGHTメンバーの仲は悪いのですか?
A2:不仲ではありません。渋谷の脱退時にはメンバー全員が記者会見に同席して送り出し、錦戸も退所後に自身のライブ等で元メンバーへの敬意を語っています。安田章大が錦戸の楽曲について言及するなど、確執による脱退ではなく、お互いの目指す音楽性や表現活動を尊重した上での円満な自立です。
Q3:SUPER EIGHTの現在のメンバーは何人で誰ですか?
A3:関ジャニ現在のメンバーは、横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義の5人です。2019年秋からこの5人体制を維持し、2024年にグループ名を「関ジャニ∞」から「SUPER EIGHT」へと改名して精力的な活動を続けています。
まとめ:8人の誇りを胸に歩むそれぞれの2026年
関西の劇場からスタートし、全国区のトップスターへと登りつめる過程で、関ジャニ∞はあまりにも大きな別れを経験してきました。内博貴、渋谷すばる、錦戸亮という強烈な才能が抜けたことは、グループにとって致命傷になりかねない試練でした。しかし、残された5人はその悲哀をすべて音楽とパフォーマンスのエネルギーに変え、2026年現在の「SUPER EIGHT」という不屈のモンスターグループへと進化を遂げました。
同時に、グループという巨大な母体を飛び出した3人もまた、自らの手で道を切り開き、舞台や音楽、映像の世界で誰にも真似できない実績を刻み続けています。かつて8人で共有した熱い記憶は消えることなく、それぞれが立つ現在のステージの上で、確かに輝き続けています。彼らが歩んできた道のりは、変化を恐れず自分の人生に責任を持つことの尊さを、私たちに力強く教えてくれています。 (出典: 関ジャニ抜けたメンバー(Yahoo!ニュース))