関ジャニ元メンバー3人の現在と脱退理由|改名後の絆と共演の真相
2024年に「SUPER EIGHT」へとグループ名を改め、結成20周年を超えた今もエンターテインメントの最前線を走り続ける彼ら。その栄光に満ちた軌跡を語る上で避けて通れないのが、かつて同じ夢を追い、グループを去っていった「関ジャニの元メンバー」たちの足跡です。8人編成という大所帯で関西から旋風を巻き起こした黎明期から、相次ぐ主力メンバーの脱退と事務所退所、そして2026年現在に至るまで、彼らが紡いできた物語には多くのドラマが存在しました。
グループの看板を背負いながらも、なぜ渋谷すばる、錦戸亮、内博貴の3人はそれぞれの分岐路で脱退を決断したのか。本稿では、当時の記者会見や当事者たちの手記、現場記者の取材データをもとに脱退の真相を紐解くとともに、独立後のリアルな活動状況、改名後のグループとの関係性、そして多くのファンが関心を寄せる「共演の可能性」までを客観的な視点で網羅します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:内博貴(2005年離脱)、渋谷すばる(2018年脱退)、錦戸亮(2019年脱退)の3名は、不祥事からの再起、音楽性の純粋な追求、個人表現の確立という全く異なる動機でグループを去った。
- 要点2:2026年現在、錦戸亮は地上波ドラマ・映画の主役級俳優、渋谷すばるはインディペンデントなロックシンガー、内博貴は本格派ミュージカル俳優として、各自のフィールドで確固たる評価を確立している。
- 要点3:旧事務所の再編とSUPER EIGHTへの改名を経て、かつての「退所者タブー」は完全に希薄化しており、フェスやメディアを舞台とした将来的なコラボレーションの土壌はかつてなく整っている。
【関ジャニ8人時代からの変遷】歴代メンバーと脱退順の全歴史
関西ジャニーズJr.の精鋭として2002年に結成され、2004年に「浪花いろは節」でテイチクレコード(関西限定先行発売)から全国デビューを果たした関ジャニ∞。原点となった「関ジャニ 8人時代」の陣容は、現在の5人(横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義)に加え、内博貴、渋谷すばる、錦戸亮を擁する強力な布陣でした。
歌唱の絶対的支柱であった渋谷、華やかなビジュアルと人気でNEWSとの兼任もこなした錦戸、そして次世代エースとして嘱望された内。関西弁を前面に出したコミカルな楽曲から本格的なバンドサウンドまでこなすハイブリッドなアイドル像は、この8人の個性が激突することで生み出されていました。しかし、グループの成長曲線と軌を同じくするように、別れの瞬間が訪れます。時系列で辿る「関ジャニ 脱退順」と各メンバーの転換点は以下の通りです。
| メンバー名 | 脱退時期・退所年 | 公表された主な理由 | 現在の主戦場・活動形態 |
|---|---|---|---|
| 内博貴 | 2005年7月離脱(事実上の脱退) ※事務所には継続所属 | 未成年飲酒による活動自粛処分。 復帰後はソロ演劇活動へシフト。 | 舞台・ミュージカル俳優 (STARTO ENTERTAINMENT所属) |
| 渋谷すばる | 2018年7月グループ脱退 2018年12月事務所退所 | 「音楽活動の追求」と海外留学。 自らの表現に全責任を持つための自立。 | シンガーソングライター (自主レーベル・個人事務所) |
| 錦戸亮 | 2019年9月脱退・退所 | 30代半ばでの独立志向。 グループの未来と自身の表現活動の再構築。 | 俳優・シンガーソングライター (NOMAD RECORDS主宰) |

【脱退理由の真相】渋谷すばる・錦戸亮・内博貴が下した決断の背景
ネット上では様々な憶測や不仲説が飛び交うことも少なくありませんが、公式発表資料や当時の会見発言、その後のロングインタビューを丹念に突き合わせると、脱退の引き金となった本質は個々の人生観とクリエイティビティの激突にありました。
内博貴:若きエースの挫折と演劇への転換
2005年7月、当時18歳だった内博貴の未成年飲酒問題が報じられ、芸能活動の無期限自粛が発表されました。フジテレビ系ドラマ『がんばっていきまっしょい』を降板するなど、華々しいキャリアからの急転落でした。その後、研修生からの再出発という厳しい処分を経て、2007年の少年隊主演舞台『PLAYZONE』で復帰を果たしたものの、すでに7人で強固なチームワークを構築していた関ジャニ∞へ復帰する選択肢は取られませんでした。内本人が後に語った「自らの過ちでメンバーに計り知れない迷惑をかけた」という自責の念と、現場を預かる関係者の判断により、グループを離れて単身舞台の道でゼロから技術を磨き直す道が選ばれたのです。
渋谷すばる:アイドルという枠組みを超えた「表現者」への渇望
2018年4月15日、東京都内のホテルで行われた緊急記者会見は芸能史に残る異例の光景でした。怪我で入院中だった安田章大を除くメンバー全員が同席し、メインボーカルである渋谷すばるの脱退と事務所退所を発表したのです。会見で渋谷は「音楽を深く学び、自らの音楽を全うしたい」と語り、36歳という年齢を意識して「残りの人生を自分自身の責任で音楽に捧げたい」と吐露しました。関ジャニ∞という巨大看板に守られた安住の地を捨て、海外留学を含めて泥臭く己の音を鳴らす旅に出る——。会見で横山裕や村上信五が見せた涙と「引き留めたが、すばるの覚悟を変えることはできなかった」という言葉は、不仲ではなく表現者としての純粋すぎるエゴイズムをメンバーが受け止めた証拠でした。
錦戸亮:渋谷の離脱と30代半ばの独立決意
渋谷の脱退からわずか1年余り、2019年9月に錦戸亮の脱退・退所が発表されました。NEWSとの掛け持ち時代から常に最前線でグループを牽引してきた錦戸にとって、渋谷という精神的支柱を欠いた関ジャニ∞のあり方は大きな問い直しを迫るものでした。一部週刊誌では「解散を主張した」といったセンセーショナルな報道もなされましたが、錦戸自身の問題意識は「全員が40代に突入していく中で、自分たちの足で立つとはどういうことか」という根源的な問いでした。自身の音楽レーベルを立ち上げ、プロデュースからプロモーションまでを一気通貫で手掛けたいという強い自立心が、事務所という巨大な揺りかごを飛び出す決断へとつながったのです。
【2026年現在の活動状況】それぞれのフィールドで放つ圧倒的な存在感
独立から年数を重ねた2026年現在、3人の元メンバーはそれぞれの分野で確固たる評価と実績を積み上げています。「元アイドル」という記号を完全に脱ぎ去り、一人の表現者として成立している姿は、後進のタレントにとっても一つの道標となっています。
錦戸亮:地上波ドラマ復帰と本格派映画俳優としての結実
退所直後は音楽活動とファンクラブ運営を中心に据えていた錦戸亮ですが、近年における俳優としての復権は目覚ましいものがあります。宮藤官九郎脚本のNetflixシリーズ『離婚しようよ』での破天荒なアーティスト役で絶賛を浴びると、TBS系日曜劇場『アンチヒーロー』やクドカン作品『不適切にもほどがある!』など、民放キー局の話題作へ堂々たる出演を果たしました。さらに、日英合作映画『コットンテール(Cottontail)』での繊細な演技は海外映画祭でも高く評価されています。主宰する「NOMAD RECORDS」からのコンスタントなアルバムリリースと全国ホール・アリーナツアーを両立させ、役者とミュージシャンの両輪を完全にセルフコントロールする稀有な地位を築いています。
渋谷すばる:ブレない魂を鳴らし続けるインディペンデント・ロック
大手レーベルとの契約を経て、現在はより自由度の高い制作環境で音楽活動を続ける渋谷すばる。そのボーカルスタイルは年齢を重ねるごとに凄みを増し、ブルース、パンク、フォークを血肉化した剥き出しのロックサウンドを展開しています。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」をはじめとする国内の主要ロックフェスに常連として名を連ね、アイドル時代のファンのみならず純粋な邦楽ロックリスナーの支持層を大幅に拡大しました。自ら作詞・作曲・編曲を手掛け、小規模なライブハウスツアーからアジア圏での単独公演まで、泥臭く現場を熱狂させるスタイルは、まさに彼が脱退会見で誓った「音楽に生きる」姿そのものです。
内博貴:堂本光一も認めた舞台界の職人アクター
STARTO ENTERTAINMENTに籍を置き続ける内博貴は、演劇界・ミュージカル界において押しも押されもせぬ実力派としてのポジションを確立しています。KinKi Kids・堂本光一のライフワークである『Endless SHOCK』でのライバル役を長年務め上げた経験は、彼のアクターとしての実力を飛躍的に引き上げました。ストレートプレイからシェイクスピア劇、ブロードウェイ・ミュージカルの日本版まで、年間を通じて途切れることなく舞台の板の上に立ち続けています。派手なテレビ露出こそ少ないものの、舞台関係者や演劇ファンからの信頼は極めて厚く、職人気質なキャリアを全うしています。

【実態検証】元メンバー同士の現在の仲と改名後のリアルな関係性
脱退劇の直後には「絶縁状態にあるのではないか」「遺恨が残っているのではないか」といった憶測がSNSやゴシップメディアを賑わせました。しかし、現場取材や公の場での発信を丹念に検証すると、実態は全く異なる大人の信頼関係で結ばれていることが分かります。
「SUPER EIGHT」改名理由と共有される関西の誇り
2024年2月、所属事務所の社会的な問題と社名変更に伴い、グループは「関ジャニ∞」の看板を降ろし、「SUPER EIGHT」への改名を発表しました。「関」の文字を外さざるを得ない状況の中で、メンバーが選んだのは「8(エイト)」の数字を守り抜くことでした。この改名に際し、横山裕や村上信五は「これまでの歴史も、元メンバーを含めた歩みも消えるわけではない」という趣旨のメッセージをファンに届けました。
事実、錦戸亮は独立後のインタビューやYouTubeのコラボレーション動画において、かつてのグループ時代について「あの時間があったから今の自分がある」と何の衒いもなく言及しています。渋谷すばるもまた、テレビの音楽番組で関ジャニ時代の楽曲が流れた際、公式SNS等で温かいリアクションを示すなど、過去をタブー視する姿勢は微塵もありません。内博貴に至っては、事務所内でSUPER EIGHTのメンバーとすれ違えばフランクに言葉を交わし、プライベートで食事を共にする様子が度々ファンの間でも目撃されています。彼らの関係性は、少年時代のベタベタした仲良しグループから、同じ戦場を生き抜いた「戦友」としての成熟したリスペクトへと進化を遂げています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解
検索エンジンやSNSの知恵袋等で今なお散見される誤った情報について、客観的な事実に基づきファクトチェックを行います。
誤解1:「渋谷すばると錦戸亮は喧嘩別れした」という俗説
錦戸の脱退が渋谷の退所の翌年だったことから、「2人の間でグループの方向性を巡る激しい衝突があった」と信じ込んでいるユーザーが一定数存在します。しかし、渋谷の脱退会見に同席した錦戸は、誰よりも渋谷の音楽への真摯さを理解し、その背中を押していました。錦戸自身がグループを離れたのは、渋谷の不在によって生じたグループの歪みを埋めるためではなく、自分自身の年齢とクリエイティブに向き合った結果です。独立後も2人の音楽関係者が重複していることや、共通の知人を介した穏やかな交流が伝えられており、確執説は事実無根のゴシップに過ぎません。
誤解2:「退所組は旧事務所のタレントと二度と関われない」という先入観
昭和から平成の芸能界に存在した「事務所を辞めたタレントへの圧力や共演NG」という構造は、2020年代半ばの現在、完全に崩壊しました。公正取引委員会による注意喚起やSTARTO ENTERTAINMENT体制への移行を経て、タレント同士の交流はオープン化しています。錦戸亮が民放キー局のドラマで元事務所の後輩や同世代俳優と自然に共演している現状が、その何よりの証拠です。

【業界分析】「元関ジャニ」共演の可能性と芸能界の構造変化
ファンが最も注目しているのが、「SUPER EIGHTと元メンバーによる共演の可能性」です。これまでは「あり得ない夢物語」として片付けられていたこのトピックですが、2026年のエンタメ業界においては極めて現実味を帯びたシナリオとして議論されています。
その背景にあるのが、音楽フェス文化の隆盛とメディア環境のオープン化です。SUPER EIGHTはアイドルフェスにとどまらず、「ROCK IN JAPAN」や「EIGHT-JAM FES」など、ロックフェスや自社主催の本格的な音楽イベントを精力的に開催しています。一方、渋谷すばるもまた同じ日本のロックフェスサーキットの主要アクトです。同日開催の大型フェスにおいて、同じバックステージに立ち、タイムテーブル上で名前が並ぶ事態はすでに現実的な射程に入っています。
芸能関係者の証言によると、「テレビ番組での共演はまだスポンサーや企画意図のハードルがあるものの、大型音楽フェスでのサプライズ飛び入りや、アニバーサリーイヤーにおけるスポット的なセッションについて、双方のマネジメントサイドが頭から拒絶する空気はもはや存在しない」とされています。彼らが築き上げてきた歴史の成熟度を考えれば、必然性のあるタイミングで「奇跡のセッション」が実現する日はそう遠くないと考えられます。
【プロの結論】アイドルから個の表現者へ|組織と個人の健全な自立論
社会学および組織心理学の観点から関ジャニ∞の歴史を紐解くと、これは「巨大組織(グループ)と個人の自己実現」という普遍的な葛藤のケーススタディと言えます。日本のアイドルシステムは長年、グループへの絶対的な帰属意識と「家族的共同体」を美徳としてきました。しかし、30代中盤を迎えたタレントが、自己のアイデンティティと組織のパブリックイメージとの間にギャップを感じるのは極めて自然な心理的発達(個体化)のプロセスです。
渋谷や錦戸の離脱は、グループを裏切ったのではなく、自らの表現活動に対して「心理的バウンダリー(健全な境界線)」を引き、自立したプロフェッショナルとして生き直すための必然的な選択でした。一方で、グループに残った5人は「SUPER EIGHT」という看板を背負い直し、組織の価値を再定義して進化させました。組織に留まって全体を輝かせる道と、リスクを背負って孤独に自らの表現を追求する道。どちらが優れているかではなく、双方がプロとしてリスペクトし合える関係性を築けたことこそが、関ジャニ∞という母体が遺した最大の功績と言えるでしょう。
【関ジャニの元メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:関ジャニ∞の初期メンバーは何人でしたか?なぜ減ったのですか?
A1:結成当初およびデビュー当初は8人でした(横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義、渋谷すばる、錦戸亮、内博貴)。2005年に内博貴が未成年飲酒による謹慎処分を経てグループを離脱。その後、2018年にメインボーカルの渋谷すばるが音楽性の追求を理由に脱退・退所し、2019年に錦戸亮が30代半ばでの新たな自立と表現を求めて脱退・退所したことで、現在の5人体制となりました。
Q2:渋谷すばると錦戸亮は現在、お互いに交流はありますか?
A2:頻繁につるむような関係ではありませんが、音楽業界の共通の知人やスタッフを通じて互いの活動を把握しており、関係は良好です。かつて同じ釜の飯を食い、背中を預け合ってきた戦友として、お互いの作品やライブ活動をリスペクトし合っていることが関係者の証言や双方のメディア発言から明らかになっています。
Q3:関ジャニ∞から「SUPER EIGHT」に改名したのはなぜですか?元メンバーは関係していますか?
A3:2023年に旧ジャニーズ事務所が解体・再編されたことに伴い、グループ名に創業者の名前を冠した「関ジャニ」を名乗り続けることが社会的見地から困難になったため、2024年2月に改名されました。元メンバーとのトラブル等が原因ではなく、グループが未来へ進むための前向きな決断でした。「8(エイト)」という数字を残したことには、ファン(エイター)と歩んだ歴史、そして元メンバーを含む8人で始まった誇りを継承する意味が込められています。
まとめ:歩む道は違えど輝き続ける「8人」のレガシー
かつて関西の小さな劇場から産声を上げ、泥水をすするような下積みを経て五大ドームを満員にする国民的グループへと登りつめた関ジャニ∞。その眩い歴史は、脱退していった渋谷すばる、錦戸亮、内博貴の3人がいたからこそ形作られたものであり、彼らが抜けた穴を埋めるために5人が死に物狂いで結束したからこそ、現在のSUPER EIGHTの力強さがあります。
ソロシンガーとして己の魂を削り音を紡ぐ渋谷すばる。スクリーンと音楽の双方で大人の色気を放ち続ける錦戸亮。舞台の板の上で演劇の真髄を追求する内博貴。そして、看板を守り抜き、エンタメの王道を走り続けるSUPER EIGHT。歩む道は分かれ、グループ名が変わろうとも、彼らが共有した熱狂と誇りは消えることはありません。それぞれの場所で輝きを放ち続ける彼らの航路に、今後も注目が集まります。 (出典: 関ジャニの元メンバー(Yahoo!ニュース))